物語の経験(追記あり)

よく犯罪が起きると加害者にこころの「闇」があって、という言葉があふれます。おそらく犯罪者には闇があって、故に犯罪が起きる、という方が理解しやすいからです。でも「闇」というものがあると平気で犯罪に手を染めてしまう、というほど人は簡単かつ単純ではない気がしてなりません。ここらへん、性格から犯罪が生起されるわけでもなく犯罪者の素質がある人間が犯罪を起こすものでもない、と刑法でうっすらと教え込まれたせいもあります。22日付毎日東京版夕刊に村上春樹さんのインタビューが掲載されててつい読みふけってしまったのですが、村上さんの言葉を借りれば「心の底の魑魅魍魎や闇の世界が今のSNSとかのインターネットの仕組みの裏から我々の表の世界にじわじわとしのびだしてる気がします」と述べてて、(小説の中の記述は気にならないし、また心の底の魑魅魍魎はわからないでもないのだけど、でも改めて)闇ってなんだよ、と思えてそこらへんはやはりぴんと来なかったのですが、あたりまえのこととして小説家として見える世界は一介の(勤務先は4階の)サラリーマンとは違うのかもしれず、(特にSNSに現れる暴力性やSNSが宗教より拡散力が強力な点で)危機意識があるんだろうなあ、というのは読んで取れました。

そんななかで「物語を経験するかしないかで人の考え方や世界の見え方はは違ってくるはずです」とも述べててなんだかそこらへんは不思議とよく理解できました。おのれの例でいえば「女のいない男たち」の「木野」を読んだあと、感覚を殺さずに真剣に向き合うことや傷つくということに関して回避気味であったおのれの中で再考させられた経験があります。姿も形もないような屁のような存在ではあるけれどそれらは物語の力というものがあるような気がした体験です。

ノルウェイの森を最後まで読めず+村上主義者ではないのであまりヘタなことは言えないのですが、インタビューは「触知できるリアルさ」とか「直接的な感触」についても述べられてて、理解できなくもなかったので読んでて度数の高い焼酎を飲んだようなヒリヒリ感がありました。惜しむらくは既に一回記事が載っていたようなのですが、気が付かずに読まずに古紙に出してしまったようなのです(つか、なんでこの記事を朝刊に載せてくれなかったの?)。まだまだもう一回あるようなのが救いです。夕刊を読まずに捨てずに毎日読むようにします。

[追記]

記事は騎士団長殺しにある程度割かれてて、しかし騎士団長殺しを未読でこのインタビューを読んでいます。SNS騎士団長殺しが関係あるのかどうかもわかりません。そのうち騎士団長殺しを読んでみるつもりです。

[さらに追記]

はてなブックマークをやってないのですいません、ここで返信させてください。「風の歌を聞け」を読んで「ビールを飲みたくなった」と述べた人はけっこう多かったようで作者としてもうれしかった、と上記のインタビューでも触れられていました。意図的にやられてるようです。食べ物がおいしそうというのは同意です(コカ・コーラのホットケーキ掛けを除いて)。