ある雑誌のこと

錦糸町もんじゃ焼き屋があってそこで同性二人でデートしたあと、錦糸堀のラブホテルに入りました。錦糸町とか錦糸堀って当代の円楽師匠がフライデーされたあたりです。部屋の写真があってボタンでどの部屋が良いかを選べて、鍵は手渡しでした。でも鍵は渡されませんでした。そのとき「ああ、男二人はダメ」ってなことを云われちまったからです。想定していないことをが起きると、けっこう言葉って出てきません。「わかりました」っていってその日は手をつないで錦糸町の駅へ戻りました。こういうとき、かける言葉ってありません。いまだったらネットで検索できますが90年代の前半から半ばにかけては記憶に間違えなければPHSもなくもちろんいまほどネットが普及してるわけでもない時代です。なおかつ二人ともゲイタウンと縁がないので、同性二人でラブホテルが基本NGということを知らないままお風呂でいちゃいちゃできると確信して突進して傷ついていたわけで。後日湯島と上野にあることを知りました。なんで知ったかといえばまず広告目当てでゲイ雑誌を買ってそこに情報がなく、さらに当時ダイヤルQ2というのがあって見ず知らずの人と会話ができるのがありその雑誌にゲイ専用のものが広告であるのに気が付きメモして公衆電話からかけて全然知らないゲイの人から訊き出したのです。いまから思えば逢いもしない相手によく教えてくれたと思います。そこまでして「したい」のか、っていわれるとしんどいですが、ダメっていわれた後の顔をみて、やれることってそれくらいだったわけで。
その頃は親が自室に入ってくることがあったのでゲイ雑誌のようなものはそれまで買ったこと無かったけど必要に駆られてはじめてゲイ雑誌を買ってます。見つかると大ごとになると考えてカギのかかる引き出しに入れ、初志貫徹したらもちろん即捨てました。そのとき手にした・即捨てたのが休刊するゲイ雑誌のBadiだったかどうかはわからないです。
その後散発的に片手の指にちょっと足らないくらいはゲイ雑誌のBadiを買ってます。ゲイ雑誌には広告以外にちゃんとグラビアがあってモデルの人がポーズなどをとってはいて、しかしどちらかというと筋肉のつきにくい細めの身体つきなのでそれら写真は劣等感を刺激するものでしかなく、いまでもはっきり覚えてるのはその劣等感を覚えたことと田亀源五郎先生のマンガくらい。なんとなくゲイ雑誌のターゲットに自分は入ってないんだなと悟ってここ10年以上は買っていません。マツコ・デラックスさんはテレビで知ったクチです。ですからBadiというゲイ雑誌が休刊になるというのを今日知ったのですが、なにかしらの感想を云えるわけでも・特別な感慨を述べるほど思い入れはありません。
ただゲイ雑誌が年齢層高めの一誌だけになってしまうというのを知ると、手に取るより前に本屋の片隅にゲイ雑誌があることだけは知っていて≒ゲイという存在が見えないけどいることは知っていて、10代後半で同性とキスしたいというのは小説の世界だけではないのだな、ということは理解していたほうからすると、時代の趨勢とはいえ手に取ることが可能な本の選択肢が消えることは惜しいなあ、というのがあったり。買わなかったので云えた義理ではないのですが。