角屋へ

日曜月曜で京都へ行っていました。
○遡及日誌1日目
疲労が残っていたのであんまり乗り気ではなかったものの「のぞみ」に乗って京都についてしまえば不思議なもので気分も切り替わります

梅の時期なので、という単純な理由で北野天満宮へ。参拝のあと梅園へ。この時期梅園を開放しています。曇天の下、カメラで撮るとなにがなんだかなんすが梅園内はけっこう見事です。

老松という和菓子屋さんが茶店を出していてそこの梅昆布茶が美味というかクセになりそうで10袋入りを即購入。美味いものに当たると「来てよかった」って思えるので現金なやつです

北野から梅小路のそばの島原へ移動して

角屋という揚屋建築の遺構を見学してきました。揚屋というのはいわゆる置屋さんから太夫さんや芸妓さんを呼んで、宴会を開く場所です。祇園にあるのはお茶屋さんですが、お茶屋が料理を仕出しに頼むのに対して揚屋は自力で調理します。大阪にもあったものの第二次大戦で焼けて唯一島原にのみ残ります。250年くらい前に現在の建物となったのですが西本願寺の西という不便な立地が幸いし蛤御門の変などにも影響をうけずに焼け残らずに済みました。もちろん営業はしてなくて公益財団の所有です。以前いちど1階だけ見学したことがあったのですが2階も公開してる時期にこれたので寄った次第。残念ながら写真不可のところが多いのであまり撮っていません。
9部屋くらいあるのですが一つとして同じ意匠の部屋はなく鍵隠しや障子、襖絵、天井などすべてにおいて相当に凝った作りになっています。たとえば桧垣の間であれば天井が桧垣模様です。

別に網代の間というのがあるのですが網代天井で組まれてます。同じ意匠の部屋はありません。網代の間は釘隠しは宝尽くしですが、扇の間という別の部屋には香道の源氏香の記号が鍵隠しになっていて源氏物語にまつわる絵があり、さらに扇に訪れた画家の絵や文人の歌などが天井に貼ってあります。御簾の間なら御簾と御簾の絵があり鍵隠しは菊(つまり御所風)になっていたり、というように細部を観察すればするほど設計した人の言葉は悪いですが一歩間違えば狂気と思えるほどのやりすぎすれすれのこだわりが見て取れます。ただしろうそくの煤でかなり黒ずんでいる部屋が多いです(そのせいかは別として虫食いがあまりないらしい)。
青貝の間というのがあって、夜に蝋燭の明かりでそこで紹興酒を呑んだら面白そうではあるのですが、異空間というかいちばん強烈でした。もともとは九条土とよばれる土をつかった青灰いろの壁に青貝の螺鈿は施された部屋であったのですがいまは一面の黒壁に青貝の螺鈿が組み込まれてるように見えます。仕上げた左官の名前もあって誰が作ったかは分かってるのだけどどのようにして作り上げたかがいまとなってはわからないのだとか。大きな声では言えませんが江戸の技術に平成の技術はおっついていません。
技術ついでに書いておきます。角屋の建物は吊り天井構造が多いです。東日本の震災まで天井というのは構造物と考えられてなくて耐震基準なんてなかったのですが、東日本の地震のときにはけっこう吊り天井が落下しました。阪神淡路のときはダイジョウブだったそうですが「震度7クラスの地震が来たら」という危惧は角屋の財団の内部にはあるようです。

大名などの大人数の宴会に対応していたわりに台所が狭い印象だったのですが、宴会ですからちょっとずつ出していけばいいのなら、こんなものかな、と思えました。料理を出していたころは「いちげんさんお断りの店」です。江戸後期の献立とかも残ってて読んでたら鮮度が落ちやすい海老があり、京都は海から遠いはずなのでどこの海老なのか角屋の方に訊ねたらどこまではわからないらしかったり。わざわざ取り寄せたのかもなんすが。赤味噌をつかった痕跡もあってへええと思って「京都は赤味噌は普通なんすか?」とこれまた訊ねたら「いいえ白味噌です」って返答だったんすが、客のためにやはりどこかから取り寄せたのか。

松の間とよばれる部屋からは立派な松が眺めることができます。松の向こうには茶室があって茶席の対応も可です。ただし庭先すぐそばを山陰線が走るのでちょっと残念ですが。

江戸好みの感覚を引きずる人間からすると良い意味で「なんだか狂ってる感」はあるのですがとても濃密な空間でした。建物全部が工芸品のような、そういう場所です。念のため書いておくと1階だけだと予約不要で青貝の間などの2階の見学は要予約です。

島原から祇園の八坂社へ。今回京都に来た最大の目的がここです。1月に来た時に十二指腸潰瘍の治癒のお守りを上を通過する人から貰ってて、H2ブロッカーなどはまだ継続しつつだいぶ快方に来てるのでお礼参りです。痛みがあっても痛み止めがつかえなかった今回は因果関係はわからぬものの丁寧にお礼を申しあげてきました。

八坂社は四条通の東端にあるのですが連休中ということもあって四条通は車道も歩道も大渋滞で、そこに至る道もつられてわりと混雑してます。四条通河原町から烏丸まで車線をなぜか減らしてて前より渋滞が起こりやすくなってる気がするのですが、なんでそんなことをしたのかよそ者にはちょっと謎であったり
○遡及日誌2日目
翌日は鉄道博物館か植物園か迷ったものの府立植物園へ行くことにして北山へ

けっこう広大な敷地をもつ植物園です。でかい温室などがあって

熱帯の世界が再現されてたりアフリカの植物が植わっててたりするのですけど

単純な品種の紹介のほかに品種によってはわかりやすい一言が加えてあって、たとえばバオバブの説明には「星の王子様で星を破壊する巨木として出てきます」という紹介文があって「なんかいいなあ」と思っちまいました。読んだことのある人なら「ああ、これかあ」とわかるわけで。
京都の植物園ですから京都や近畿地方の固有種もちらっちらっと植わってて

工芸などにもつかわれる丹波斑竹であるとかも植わってました。

桜にはちょっと早かったのが残念だったんすが。

北山から出町柳へ南下し、下鴨神社のそばに旧三井家下鴨別邸というのを見学しました。三井家の祖霊を祀る社が下鴨にありそこに参拝するとき休憩に利用するための建物です、ってなんだか最初は話がでかすぎてぴんと来なかったのですが、ともかく庭園とセットの大正期の木造3階建て建築がそのまま残ってる貴重な建物です。3階部分の望楼がちょっとしたアクセントになってます。

1階から庭を眺めてると休憩するための屋敷というのはなんとなく理解できてきました。障子のはめ込みガラスがでかい気がしますが、もしかしたら額縁を意識してるのかも。雪の時期に来たらさぞかしきれいだろうなー、なんて小声でしゃべってたのですが。

出町柳から京大農学部のあたりへ東進し、進々堂というコーヒー店へ。店内はどっしりとしたナラ材かなにかの椅子と机があり、ガラス一枚隔てて外とはまったく違う時間の流れがあるような、けっして明るくはないものの暗くもない不思議な空間です。コーヒーをオレンジジュースに変えることができるのでコーヒーがダメでもダイジョウブなのがありがたかったり。いつかまたコーヒーを飲めるようになったら今度はコーヒーを飲みに来たいところ。

胃腸が本調子ではないのでコーヒーのかわりに飲んでいるほうじ茶を探したりとか、食品について錦や大丸で探索したあと、もうちょっと遊んでいたいのを封印して午後の新幹線で帰京しました。