秘密

姿も形もないけれど厄介なのは秘密というやつです。いちばん楽なのは抱えてるものを放り投げちまうことです。ですから、けっこう人は秘密を抱え込んだときにはそれをやっちまいます。よくあるのは「ここだけの話だからね」とか条件をつけながら自らの秘密や他人の秘密をまた別の人にしゃべったりします。たぶん、それをまた別の人が「ここだけの話」と条件をつけて伝言ゲーム化したとき、嘘と本とが入り混じる公然の秘密になるんだろな、って思ってます。個人的にはそういう場面に遭遇するたびにこの人には俺は重要なことはしゃべらんとこ、って思いながら距離を置きます。私も性に関して厄介な秘密を抱えてるのと、職務上絶対しゃべれない秘密があるからです。事実を他人に言わない、隠すってのは正直ではありませんから多少のやましさがあります。ややこしいことにこの国は正直であることが良いことである、という風潮もあり、悪いことをしてるのではないかっていう錯覚を覚えます。しかしばらしたら誰かが死ぬかもしれない重い秘密を抱えて生きてくことと正直なこととどっちが大切か、といったら、おのれも他人も生きてゆくことです。知っていることを知らないふりをする・黙ってる・秘密を心の奥底に重石をつけて沈めておく、ってのはしんどいですけど、そう決めたなら覚悟を決めて徹底したほうが良かったりします。中途半端がいちばんよくなくて、途中でばれたら、なんで隠してたの?とか、隠していたことが糾弾の対象になって隠すほうの心情なんて斟酌されなくなるし、かなりややこしいことになるからです。しかし秘密を持つと、弱い人ほど耐え切れずにしゃべっちまうんだろうなあ、と思います。
東京の法科大学院の学生が同性の同級生に告白し、それを暴露されて自殺してしまった、という事件がありました。予想外の秘密を持った人間がわりと望むのは、それをげろって楽になることですから、ゆえに、告白を受けた側が(衝撃が大きかったらなおのこと)なんとなくげろってしまう、というのはわからないでもなかったりします。ただ、法科大学院というものの性質上、墓場まで持って行かねばならぬ秘密ってをの職務上この先も遭遇する確率が高いわけで、げろってしまう程度に精神が弱いのならば告白されたほうは裁判官も検事も弁護士もむかないのでそんなもの目指すのやめちまったほうがいいんじゃないの、と元あほうがくぶ生は思いました。社会人でも秘密を守れそうにないというのは受け入れがたいです。財務系に配属したらインサイダー取引ってことを考えなくちゃなわけでって話がずれた。
自殺した学生の家族が訴訟を提起をしています。ただ暴露したことで自殺という結末を予測できるか、というとこれまた難しいかもしれませんし、会社であるのならばハラスメントの一形態として処理できそうなんだけど、大学院という場所ゆえになんかこう難しいような気がしてならんかったりします。おそらく訴訟で勝つことが主ではなくて原告側には腹に据えかねたなにかか、にたような事件を起こさないための世論に警告を提起するとか別の目的があるのかなあ、と推測しています。
わたしは周囲にほとんどおのれの恋愛などについてさして述べていません。高校のときの同級生は上を通過する人とわたしが交換日記をしてることから知っているのでうっすら悟っているはずですが、逢えば昔っから変わりません。もし彼らの口から他人にばらされるというのはおそらくかなりの苦痛になるはずです。自殺した学生が不安定になった、というのはなんとなく想像できますって、なんか書いてて空々しいですが。わたしは秘密を墓場まで持ってゆくことがいくつもあってその覚悟はできているものの、(これを書くと魔性の男っぽくなるけど)積極的に誰かに告白するということをあまりしてこなかった臆病な人間で、ですから、似たような事件が起きないことを祈るばかり、とかくとこれまたちょっと空々しいことばになってしまうかもです。でもやはり、似たような事件が起きないことを祈るしかなかったり。