浅ましさ

私はコンタクトレンズと眼球の大きさがあってなくて、たまにレンズがどっかゆくことがあります。それがいつか、ってのも予測できません。突然なんらかの拍子に視界が悪くなります。フィットするレンズがメーカーにないのにそのくせレンズは2万円くらいします。落としちまったらそれまでよ、なんすが、たいていレンズはまぶたと眼球のあいだに入ってることが多いです。
状況がシビアというか、人の上にいる状態で・別の人のなにかが体のどこかに入ってる状態で、そのような状態・視界が悪くなったとき「ちょっと待って」「だめ」という押し問答のあと完全に集中できないまま最後までゆくことがあります。風呂のあるところに行って鏡をみながらまぶたと眼球のあいだのレンズを戻したあとに、それなりに堪能したはずなのにもかかわらずもっと堪能できたはずなのにそれができなかったことの恨みというか、なんとなく逃した魚はでかい感を感じたりするのですが、そういうときおのれが「浅ましい」と思えたりします。
この「浅ましい」自分の姿ってのは好きになれないし他人にはみせるつもりもありません。だからか、ねだることがあまりできません。でも「浅ましい」おのれってのは裸のときはいくつになってもなかなか消えません。ほかの人は「好きになれないおのれの一部」といったいどういうふうに向き合ってるのか知りはしないものの、いつかは消えるのだろうか、などと考えるんすが、どうだろ。