もし、誰かはいってきたらどうする

FC2という会社の公然わいせつの幇助の家宅捜索の記事を新聞で読んでああ会社名をどこかできいたことあるなあ、と思ったら閲覧してる・閲覧していたブログのいくつかがFC2でした。もちろん閲覧しているブログは公然わいせつとは関係ないです。記事を読んでてけっこう興味深かったのは公然わいせつ幇助の中身が「わいせつ行為の生中継」の幇助だったことです(幇助ってのはそれを手助けするっていう意味です)。公然とというのは不特定多数の人が認識できるか否か、ってことにかかってきます。生中継してそれを視聴する人がいたわけで、知らない世界があるんだなあと思い知りました。ただあんまり他人のえっちに技術的側面をのぞけば興味があるわけではないのでより深く知ろうとはあんまり思わないのですけど。
えっちなことは見るよりもすることのほうが好きですが、幸いにして犯罪に手を染めるようなことはしてないし第三者の目に触れるところで、というのは経験がありません。しかし、ホテルの部屋に入ってうしろから抱きしめられて、ドアに鍵をかけないままそのドアに向かされて、身体にいたずらされながらシャツの脱がされ、ベルトを外されと一枚ずつ脱がされ、ボクサーブリーフだけになったとき
「もし、誰かはいってきたらどうする」
と耳打ちされ、より興奮したことがあります。そこでより興奮しちまうのは、ほんとはみられちゃいけないことをやってるんだっていう屈折したところになにかこう、引き金があるのかもしれません。ほんの少し、ドアが開くことを期待して・みられてもいいかなってなくらいにも考えていました。ブレーキが壊れるっていうか、公然わいせつのところでわいせつってのはなにかっていうと「いたずらに性的興奮または刺激せしめ」なんて言葉を法学部時代に学習してるのですが、その状態になると正常であることが難しくなります。誰かにみられたわけではないものの実体験するとああこういうことか、と腑に落ちたのですがって、っててめえのことはともかく。
環境に応じて人は巧くその環境をつかうのだなあとか、おそらく生中継した人ってのは興奮してたのかもしれないなあ、なんててんで的外れな感想を持ったのですが、ここらへん人間として軸がちょっとずれてるかもしれません。