テスト

今週のはてなのお題がテストです。
テストはキライでした。数学のように解法を身につけるかどうかを問うテストってのはまだいいのですが、悩むのは国語系のように主人公の気持ちを述べなさいってのがあったりします。ひとならまだしも山椒魚のときもあります。そんなこといったって山椒魚じゃねえから・その主人公じゃないからわかるわけないじゃんよー、などとかいたらおそらく点を貰えませんからなんとなく文中からひねりだし書いてました。点を貰えてたので国語だとか文学のなんたるかってのは直面しないままいまに至りますっていっても「しけんもなんにもない!」っていう鬼太郎の状態です。困りません。定期テストとはもう大学卒業後十数年縁もないです。でもこれが幸せかっていったらわかりません。振り返ってみると出題範囲が特定されててそこから問いが何か出てくる・知識を問うというのは幸せなほうです。実社会に出てみると滅多に出題範囲なんて特定されてることはないしお膳立てされてるわけでもなく場合によってはどこが間違ってるかなんてのは知りうる知識を総動員しておのれが探さなくちゃいけないし、問題点を見つけたあとも最適解をさがしながら説明して協力と同意を得なくちゃいけないし、それができなかったらぜんぜん進まないっていう、おのれの人格を含めた総力を試されるテストみたいなところがたまーにあります。なんとなくなんすけど言葉というのはうまいことをいうのではなくおそらく信用が裏にあるかないかというかいってることを信用してくれるかどうかというのが大事なのかなあと。幸か不幸か肩書き・役職があったとしてもその役職にひとが信用してくれるわけでもなく常にそれは他人が耳を傾けてくれるとは限らないので、つまるところ日頃からどんな立場でもそれ相応に信用を得るようにしなくちゃいけないので、その点で試されてるっていうか日々テストであったりします(そのかわり信用を得ちまえば足らない知識を補給してもらえることもあるので知識を詰め込まなくてもいい場面もでてくることがありますが)。こう書いてくるとテストのほうが生易しくて実社会のほうがきつい気がしますが、半分そんなところもあるような気がします。定期テストは場合によっては追試があるけど実社会はテニスと同じでサドンデスもありえますからベストを尽くすことを諦めたら、そこで終わりかなあという怖さもあります。慣れちまったから若干マヒしてるのですが、根がほんとはちゃらんぽらんなせいか、疲労もあるんすけども。でも疲労がありながらもなんかこう、生きてるなあ、という実感はあったり。いまおのれが山椒魚かどうかは判らぬものの・山椒魚の気持ちについてテストで問われて満点もらえるか判らぬものの、おそらく山椒魚がいた岩屋より、いまのこの状態は怖いけど居心地は良さそうなんすが。