良い製品を作ることが戦争につながる皮肉

東京の西の多摩地区には中島飛行機の工場がいくつかありました。中島は戦前誉エンジンという小型軽量で高出力の当時としては世界水準の航空機エンジンを開発しています。中島飛行機のほか立川には立飛という飛行機製作会社がありました。立飛や中島に部品を納めてた会社ってのが多摩地区にはいくつかいまでも残っています。納めていたとかありましたと書いたのは立飛も中島も戦闘機を生産していたので戦時中は空襲でやられ、戦後は完膚なきまでにバラバラに解体され、なおかつ飛行機製作か禁じられたからそのままでは残ってないからです。解体された中島の工場のうち喰うためにスクーター等を生産した会社が合同したのが現在のスバルです。ここらへんのところ、不発弾処理なんてのがある多摩地区の一部地域で育った子供はどこかで知ります。
最新の宮崎さんのアニメ作品が予備知識として戦前の飛行機開発が関連する、というのは知ってて、ちょっと観よっかな、と思ってました。航空系ではないけど機械系だった死んだ父をみててつくづく思うのですが、既にある技術を進歩させてより良い製品を作る、という技術革新は見果てぬ夢のようなところがあります。技術をより改善する・良い製品を作る、というのをすればするほど、日本の戦前の飛行機開発の場合は途中から戦闘機生産と直結し結果として歴史的にマイナスを背負い込んで将来が断たれてしまうというのはなんとも皮肉なのです。かといって技術を革新する・より良いものを作る、というのを選択肢をエンジニアとしては捨てるわけにはいかなかったのは容易に想像できるわけで宮崎監督は厄介なものに手を出したなーと思っていました。
急になんも予定がなくなったので観よっかな、と思いつつ都心部まで出たものの、娯楽作品にはなってないだろうし観たらぐるぐる思考がまわって暗くなるかもなー、と勝手に予測して結果としてみなかったんすが、余裕ができたらそのうち観たいと思ってます。