取調可視化

取り調べ録画法案を提出 民主、参院


 民主党は4日午後、警察や検察に容疑者取り調べの録音、録画(可視化)を義務付ける刑事訴訟法改正案を参院に提出した。自白強要による冤罪と調書の信用性をめぐる裁判の長期化の防止が目的。与党の一部にも賛同する声があるが、警察や検察は反対しており、国会審議の行方が注目される。改正案は取り調べの状況を、映像と音声を記録できる2つ以上の媒体(ビデオカメラなど)で記録することを義務付ける。弁護側が被告に有利な証拠を見つけやすくするため、検察側に公判前整理手続きでの証拠リスト開示義務も課す。
民主党は昨年の通常国会で可視化に加え、取り調べへの弁護士立ち会い権も認める改正案を衆院に提出し、継続審議になっている。参院提出法案には、特に捜査当局の反対が強い弁護士立ち会い権は「法案成立の妨げになる」として盛り込んでいない。

12月4日付神戸新聞より転載

現在の刑事裁判において、証拠としてもっとも重視されているのが、「供述調書」と呼ばれている、警察官や検察官が供述する人の言葉を書き取った書面です。法廷での本人の証言より検察官の調書を重んじる傾向があります。裁判官からすると、推測に過ぎませんが時間がたてば経つほど記憶が薄れるから、そこで証言をひっくりかえされても信用ならねえ、ってのがあるでしょう(民事の場合メモなんかはすぐとったほうが証拠としてはよかったりします)。下手に取調中にやってないのにやった、と認めてしまうと調書に書かれて取り返しが大変です。で、その調書の問題です。



取調というと、いかりや長介さん似の刑事さんがカツ丼を出前で取ってきてテメエも大変だなあ、これでも喰え、なんてこともあるのかもですが、実際はそうではなくって白紙調書に押印をせまるってことがないわけじゃなかったりします。2005年に山梨県警が日本語が分からない日系ペルー人女性を占有離脱物横領容疑で取り調べた際に白紙の供述調書に署名させていたとの事案がありました(山梨県知事記者会見2005年8月10日参照)。この国の警察は交番システム等すごい秀逸なところもあるんですけど、そういった信じられないことをたまにします。この場合有印虚偽公文書作成という犯罪になるはずですけど。
で、警察や検察が万能ではないので実際冤罪事件というのは結構あって、富山で強姦と強姦未遂の容疑で起訴され懲役3年の実刑判決が下ったら別の罪で公判中に無職の被告人がそれらの事件の容疑を認めた、なんてこともありました。どうしてこういうことが起きるかと言えば、調書をとる取調段階で強引な自白強要があったようです。やはり容疑者が全員無罪となった鹿児島の県議選の買収事件をめぐる捜査では家族の名前を書いた紙を踏ませたうえで捜査側に都合のいい調書作成のための自白を強要するようなことが裁判の過程でわかってきたりしてます(2月24日付神戸新聞の報道より)。



その冤罪の温床を防ぐ術として、取調の可視化が叫ばれてるわけですけど、確かにビデオカメラなんかがあれば人権侵害的自白強要は行われていなかったでしょう。ただ、どこまで公開するか、ってのがあります。現行では検察では容疑者が云ったことをすべて調書にとるわけでなく、検事さん、検察事務官が取調のなかで重要そうなことを抜書きし、一問一答形式でまとめたりしてこれで間違いないですね?というかたちをとります(抜書きした内容を被疑者に読み聞かせるので「読み聞かせ」、といいます)。警察はわかりませんが、警察なんかでもそれを、つまり抜書きされたこと以外の取調内容までをあらいざらい無原則に公開するって前提にすると、たぶん、誰もしゃべらなくなるのでは、って云うのはわかる気がするのです。例えばなんであなたは12月1日になんでそこでその事件を起こしたのか、ってことを調書にはとらないけど公判維持のためさまざまな角度から質問するはずで、また犯罪を犯した人がつかまったとたん悔悟の念に駆られ単刀直入に答えてくれるわけではないわけで当然家庭環境や収入その他突っ込んだことも訊かざるをえないでしょう。また、事案によっては性癖とか本筋と関係ないこともおよそ会話があるはずです。そういったことまで全部録画する前提にするなら、しゃべりますかね?私はしゃべりたくないっす。かといって捜査側が都合のいいシーンだけを選んで撮影しってのも問題があるきがしますけど。



ただこの可視化の議論、裁判員制度にも絡んできます。裁判員に対し容疑者・被告人の自白が強要ではなく任意であることを立証するとなるとわかりやすいのは「取調の可視化」です。強要かどうかは録画記録等を見れば解決するのです。自分の犯した犯罪事実を認める自白は、被疑者が自らの自由な意思で行ったものでなければなりません。自白の任意性と呼ぶのですけど、憲法38条に

第38条 
何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。

ってのが有って、自白の任意性に疑いがあるときはその証拠は採用されないからです。
で、弁護側がその調書の自白の任意性に疑義があるっていってきたら、検察側は見せればいいのです。



民主党が法案を出してきて、じつはこれ、公明党も賛成らしいのですけど、そうするとすんなりいくのかも知れません。ただ、かなり慎重に扱わないといけないむずかしいテーマだと思うのです。
確かに冤罪をうみやすい現行制度ではあるんですけど、いじくるとかえって供述を得られにくくなってあまり巧くいくとは思えないんですが。
記憶あやふやなんですが、むかし、民法の教科書で読んだフランスの法学者の言葉で「真実とは燃えてる石炭のようなもので慎重さが必要」ってのがあったのです。すくなくともガラス張りにすれば済むんじゃね?的な問題では無い気がするのですけど。