読書感想文『MBO』

MBO―マネジメント・バイアウト (幻冬舎文庫)

MBO―マネジメント・バイアウト (幻冬舎文庫)

  • 作者:牛島 信
  • 発売日: 2003/10/10
  • メディア: 文庫
主人公はデパートの雇われ社長です。取締役会でオーナー側を尊重するオーナー側の役員と、一人の株主のみを見て経営は出来ないとするその社長の対立からはじまります。
主人公は雇われ社長ながらも不振のデパートを成長させたのですが株の過半数をもつ乗っ取り主のオーナーから更迭されそうになって、土壇場でアメリカ系のファンドの力でMBO(経営者や幹部社員が事業の継続を前提として経営権を取得すること)を試みるがその行方はってのがあらすじです。

前もってオーナー側から提示されていた人員削減案よりももっと苛酷なリストラを米国側ファンドより株価上昇のために要求されたりします。
株価を上げる経営をすることは正しい、という見方はある意味で文句のつけようのない正論です。いざとなったら会社を解散して残余財産を分配してもいい。もっとも株主にはいつでも株を売り抜けて退社(←出資者であることをやめること)の自由があるわけです。しかし被雇用者などの利害関係者は簡単に会社から抜け出すことは出来ない(事業を継続することを前提に就職するなどの人生がかかってるから)。経営陣は株主だけを見て経営することは許されないはず、というのも有ります。そこらへんについてわりときっちり追われています。
また、投資家としてのファンドや会社とは一体何者か?とか、そこらへんのことに興味のある方は是非一読をお薦めします。

もうひとつ気になったのは立証責任の話です。アバウトな言い方をすると自分に有利な事実についてはそれを立証する責任があり、それができなければ裁判は負けるという裁判上の大原則を立証責任といいます。で、裁判で当事者が立証活動を尽くしても、争点になった事実があるのかないのか裁判官が確信できない場合があります。その場合でも裁判官はなんらかの結論を出さなければならないんですが、そのためにほんとはどうだかわからない真偽不明であるにもかかわらず争点となった事実の有無をあるものとして擬制して裁判をする必要性が生じ、それにより当事者の一方が不利益を被ることになります。
で、真偽不明で確信がもてないとき、証拠等で全く互角のときはたぶん立証責任を負う側が(疑念を完全に払拭できなかったので)負けます。しかしこれは民事訴訟法の教科書的言い方です。小説のなかで
「証拠や書面で互角のとき、裁判官がどちらを勝たせたいか迷うとき、裁判官は何によって判断するのか?」
という質問が出てきます。文中でこれがでたときはやはりはっとしました。民事訴訟法の教科書の説明では説明しきれないのです。で、こたえも文中にあって
「なんとはなしに勝たせてやりたい」
ほうなんだと思います。ちと理屈だけではいかない世界もあるのだな、と、あほう学部卒で法曹へすすまなかった人間は認識を新たにしました。


物語の中で日本の経済を支えてきたであろう財界の重鎮と思しき人物が出てきていろいろと忠告します。文中の言葉を借りれば「そのときの環境を機敏に察知して最適な生存状態の動物になることに成功した」人物であったりします。その忠告を聞きながら「新しい状況の中で最適な生存を模索するしかないのだ」と改めて決意するのですがそれがきわめて印象的でした。

エンタテイメント的要素の少ない、純然たる経済小説だとおもいます。新聞の経済面を読んでないと難しいところはあるかもしれません。