読書感想文「ホンダ神話」

ホンダ神話―教祖のなき後で (文春文庫)

ホンダ神話―教祖のなき後で (文春文庫)

天才技術者・本田宗一郎の名前は自動車に詳しくなくとも誰だって知ってると思います。本田技研の創業者です。この本は本田の創業から20世紀末の流転の歴史を網羅しています。本田宗一郎をサポートしたというよりも実質的に経営を見ていた名経営者・藤沢武夫本田宗一郎の二人の創業者の引退後、本田技研社内に官僚主義や人事抗争などがはびこり、進むべき道を迷い始めたことなどが克明に描写されてます。実質的に本田宗一郎率いる本田工業(製造部門)と、藤沢商会(事務・販売部門)から本田技研は成り立っているという仮説を立て、この本はそのせめぎあいの歴史の記録といったところです。

読むうちに創業直後の危機のときのオートバイの世界的レースである英国のマン島のレース参戦宣言やそれに続くF1参戦などがホンダの会社の成長に欠かせないことがわかってきます。採算を度外視してこれらのレースに参戦したことにより技術力が飛躍し、また海外での知名度も上がりました。もちろん、内的には人間は苦しいときに夢を見ないとやっていけないはず、ということをたぶん創業者たちは知っていたのでしょう。
注目したいのは本田宗一郎のエンジニアとしての潔さです。どう考えてもスーパーカブをはじめとして本田技研本田宗一郎抜きには語ることができないくらい影響力があり、オートバイやエンジンについて開発や技術に口を出し、またひっぱてきた自負が彼自身にあり、また誰もが本田宗一郎に逆らえませんでした。そういう状況の中で空冷エンジンの改良にとり組めと厳命する絶対者・本田宗一郎に対して、空冷エンジンでは低公害エンジンが開発できないし水冷エンジンで無いと低公害エンジン開発が難しいとわかっていてもなかなか判ってもらえないというジレンマを技術陣は抱えていました。そこで藤沢武雄を巻き込んでクーデターまがいの造反をエンジニアが起して、水冷エンジンの開発を認めさせます。彼はその後一切、技術に口を出さなくなりました。エンジニアとしての自分の限界を知らされたからです。
ただ名誉のために付言すると、その水冷エンジンの開発も本田宗一郎自身が積極的に関わったF1技術に関連しています。F1に参戦する上で高回転高馬力エンジン開発のためにエンジン燃焼の体験的に限界を知っていたので(ガソリンをどうやったら効率よく燃焼させることができるかということです)その技術を低回転が必須である水冷エンジンに反対に応用することができたわけで、F1参戦を本田宗一郎が厳命して「勝って勝って勝ちまくれ!」と研究所を叱咤してF1エンジン開発をさせたことが思わぬところで効果を産んだのです。


もうひとつ面白いのは「万物流転の法則」から組織は抜け出すことができるか、という視点です。言い換えれば盛者必衰からどう逃れるか、ということを藤沢武雄は考えていました。これを常に次世代の幹部に投げかけ続け、どうやったら本田技研が生き残るかを模索させてました。その一つの答が、カリスマに頼らないためのいわゆる「ワイガヤ」とよばれる合議制であったり、日産追撃であり、赤字覚悟のオハイオ進出であった(とおもう)のですが、組織が大きくなるにつれ技術偏向や官僚主義がはびこり、その過程と、一応のとった解決策を記述しています。また同時に、創業者を神話的存在にいつのまにか祀り上げておきながら事実上経営にタッチして無いにも関わらずそれとなく創業者たちに気をつかう「ホンダの子供たち」の苦悩も描かれています。4代目の川本社長は本田工業による主導権奪取と、本田技研を普通の会社にしようとします。本田技研がホンダらしさをどうやって維持するのか?という永遠の未解決の問題に答が出せないままである、というところでこの本は終わっています。

なお興味深い点としてアメリカナイズされた合理的考えがじつはウエットな日本社会で通用してきたか?という投げかけもあります。国際企業である本田技研ですらそれは不可能だったようです。この本はホンダのプリンスとして有名であったらしいエンジニア出身の元副社長の軌跡も追っています。


非常に面白い本です。分厚い本ですが。
小難しい本ではないので、上記の記述で興味があった方は一読をおすすめします。
あるところで三国志の主役がいなくなった後の話を聞いててこの本を思い出したのですが、つまるところカリスマがいるから拡大ができるものの、カリスマ亡き後の組織維持というのは実は三国志時代から永遠の未解決の難問なのかな?という気がします。



以下駄文。
ホンダの今の社長はレーシング畑出身です。経済誌を読むとレース重視を公言してます。レースはホンダにとって欠かせられないものであるのは判りますし、レースがあるから本田技研は一つに纏まることができるのでしょう。ただ、これから先、それでやってけるのでしょうか。素人考えですが日産はデザインを軸とした差別化を考え、トヨタは環境をかなり意識しているようにおもえます。自動車が速く走ることだけでは済まなくなってる時代に、本田技研は万物流転の法則から抜け出すことができるのでしょうか。門外漢だから詳しくはわかりませんが、実はまだ本田技研は創業者の死後15年経っても、神話の影響から(というよりも創業者の亡霊から)実は抜け出せて無いんじゃないかとおもいます。